研究内容

ポスト「京」萌芽的課題4-1 思考を実現する神経回路機構の解明と人工知能への応用 「脳のビッグデータ解析、全脳シミュレーションと脳型人工知能アーキテクチャ」(2016.10-2020.3) を継承・発展させる形で、スパコン「富岳」を用いてヒトスケール全脳シミュレーションを目指している。本プログラムでは、げっ歯類~小型霊長類規模の大脳皮質-基底核-視床-小脳シミュレーションを、身体モデルとの統合を含めて実現する。それと並行して、神経回路シミュレータ NEST, MonetならびにAIフレームワーク BriCAの「富岳」への移植とチューニングを行う。

ポスト「京」萌芽的課題での研究内容は以下の通り。

脳の構造と活動に関して得られる膨大なデータを運動制御や思考などの脳機能の理解につなげるには、多種多階層のデータを統合して全脳の神経回路モデルを構築しシミュレーション解析を行うことが必要である。また今日の人工知能の基本要素である深層学習は物体認識や完全情報ゲームで人間を凌ぐ性能を与えているが、その学習には人の一生の経験を超えるほどの膨大なデータを必要とする。本研究はこれらの要求と課題に対して、ポスト「京」の計算資源を最大限に活用する形で、脳データの解析とモデリング手法の開発、大脳皮質、小脳、大脳基底核を含む全脳の神経回路のシミュレーション実装、階層的確率モデルによる仮説生成と検証により不完全観測や少数サンプルからの学習が可能な脳型人工知能の開発を行う。これらにより、運動制御や思考を実現する脳機能の解明と、多プレーヤゲームや自動運転などに応用可能な脳型人工知能への貢献を目指す。

研究代表者: 銅谷賢治 (沖縄科学技術大学院大学)

サブ課題A: 脳の構造と活動の大規模データ解析
代表者: 大羽成征 (京都大学)
概要:
大規模脳画像データから動物の脳内の神経接続構造を決定する解析アルゴリズムを開発する。具体的には、拡散MRI・蛍光トレーサーの光学顕微鏡画像・連続切片電子顕微鏡画像などの計測技術に基づく大量の画像を対象とする。とくに新しいスーパーコンピューター上でスケールすることと、これを用いた構造決定の信頼性担保が目標である。コネクトミクスの推定結果は、サブ課題BおよびCに提供されモデル構築における参照データとして活用される。

サブ課題B: 大脳皮質神経回路のデータ駆動モデル構築
代表者: 五十嵐潤 (理化学研究所)
概要:
大脳皮質は、大脳基底核、小脳とループ構造の回路を形成し、運動制御、意思決定、思考など高次認知機能を担うと考えられている。まずモデル構築のための実験データが手に入りやすい1次運動皮質―基底核―小脳のループ回路について運動制御の機構を再現する。さらに感覚野、連合野を含むモデリングにより、思考を実現する神経回路の基本動作を解明する。

サブ課題C: ヒト全小脳モデル構築と大脳小脳連関シミュレーション
代表者: 山﨑匡 (電気通信大学)
概要:
小脳は運動制御・学習において重要な役割を担っており、大脳皮質と連携して高次脳機能にも関与している。小脳の解剖学・生理学データにもとづいて構築してきたモデルを、ヒト全小脳規模にスケールアップしてポスト「京」上に実装する。サブ課題である大脳皮質のモデルと接続し、さらに大脳基底核とも大脳皮質を介して連携することで、運動制御と予測に関わる全脳部位の活動をポスト「京」上で再現する。

サブ課題D: 大脳皮質・基底核・小脳モデル統合による全脳シミュレーション
代表者: 銅谷賢治 (沖縄科学技術大学院大学)
概要:
大脳基底核は、報酬予測に基づく行動選択と強化学習に主要な役割を果たし、運動制御のみならず、認知的な表象の操作など思考の実現にも重要な機能を持つと考えられる。その実体に迫るため、大脳基底核を構成する各領野のニューロンの種類と発火特性、シナプス結合と可塑性などの実験データをもとにスパイキング神経回路モデルを構成し、行動選択と強化学習がいかに実現されているのかを明らかにする。さらに、サブ課題Bで構築する大脳皮質-視床モデル、サブ課題Cで構築する小脳モデルとの統合モデルのシミュレーションにより、大脳皮質-基底核-小脳回路による運動制御と思考の実現機構を探る。

サブ課題E: 脳型人工知能アーキテクチャの開発
代表者: 石井信 (京都大学)
概要:
脳型人工知能アーキテクチャとして、不完全観測・動的・少数サンプルの課題でも、適切な推定と制御、モデル探索(メタ学習)と学習を行うことのできる仕組みとして、多数の確率的力学系モデルからなるネットワークモデルと、近似オンラインベイズ推定に基づく新しい仕組みを開発する。サブ課題Fとの共同で非同期並列アルゴリズムを開発し、サブテーマGとの共同で大規模応用を行う。

サブ課題F: 脳型人工知能用大規模高性能計算プラットフォームの開発
代表者: 髙橋恒一 (理化学研究所)
概要:
脳型人工知能のための高性能計算基盤を開発する。具体的には、脳型人工知能用のソフトウエア基盤BriCA (Brain-inspired Computing Architecture)を拡張し、脳に匹敵する規模でのモデル並列性能を達成するのが目的である。このために、ポスト「京」のような大規模分散メモリ機でも効率的に動作可能な、非同期通信を用いた並列離散事象計算の大規模化を行う。また、既存手法の多くが同期的なネットワーク評価を必要する誤差逆伝播等を用いており、リアルタイム性やモデル並列性の向上の上で大きな障害となっているため、高性能計算に適した非同期学習手法も開発する。

サブ課題G: 脳型人工知能の大規模実問題への応用
代表者: 原田達也 (東京大学)
概要:
計算機システムの構造に依存せずに高効率で動作する深層ネットワークの計算プラットフォームと、それを用いて実環境でリアルタイムに学習・動作する大規模動的視覚システムの開発を進める。静止画認識で利用した情報などを援用して動画像認識性能をブーストさせる半教師付き学習や転移学習の開発を進める。

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 (研究領域提案型) 「人工知能と脳科学の対照と融合」と緊密に連携していく。